こんにちは。1K6畳で読書に勤しむ翠です。
またまた直木賞シリーズです。
1998年の前半に直木賞を受賞した、「赤目四十八瀧心中未遂」の読書記録です。
聞いたことない&難しそうな小説を手に取る勇気
直木賞受賞作を読んでいくキャンペーンを開始して3冊目。
宮部みゆきさんの『理由』と同じ年に直木賞を受賞している作品です。
ざっとあらすじを読んで購入しましたが、正直内容はあまり想像がつかないまま読み始めました。
関西で暮らしていると、尼崎について「ちょっと怖い街」というイメージをよく耳にします。もちろん、それだけで語れる街ではないのですが、「アマ」という呼び方とともに、独特の下町の雰囲気を持つ場所として話題に上がることもあります。
今回の小説は、そんな尼崎の長屋を舞台にした物語です。
あらすじ
主人公は、作家として生きることに疲れた30代の男性。元々は東京で会社員をしていたが、日常が嫌になりフラッと退職。その後定職につかないまま流浪のように生きている中で、尼崎にたどり着きました。
尼崎の長屋で、やくざや彫師といった人たちと同じ屋根の下で、普通味わうことのない胸騒ぎを覚えながら、細々と生き延びます。
「生きるとは何か」「何のために生きるのか」と哲学的に答えのない問いに挑む一方で、考えることを放棄したくなり「別に生きる意味なんてないから最低限の生活でいい」といった、人生をあきらめた発言が見られます。
長屋の住民たちは、主人公のことを「ここにいるべきじゃない人」「ここでは生きていけない人」と表現し、早く彼が社会復帰することを見守っています。
そんな生活の中で、ワケありな美人と出会い、その人のことを考えて悶々とする描写も入ってきます。
率直な感想は「理解に苦しむ」
残念ながら、今の私にはこの小説の良さがあまり理解できず、、
何度か読むのを脱落しそうになりました(笑)
アンダーグラウンドな世界の品のなさや、独特な気持ち悪さ。
社会の表舞台から遠ざかり、地を這うようにして生きている人たちの苦しさ。
刺激が強くて、頭の中で描写を想像すると、目がちかちかする感覚になりました。
ただ、そういう世界が当時はあったんだろうという想像と、実際今でもまだそういう状況の人はいるんだろうなと理解すると、同じ世界を生きている気がしなくて、どうも世界観に没入することができません。
最近私が読んだ本の中では、そういう「社会に適応できない人たち」は、その社会や、政治に対して、強い不満を唱えている描写が多くありました。
この小説の登場人物は、そんな社会の在り方に対しての不平不満は言いません。自分の状況に対して不満があったとしても、あくまでその世界のボスや身近な人間に対する不満だけで、主語の大きな文句は言いません。
そこがまた、「社会に対してという大きな視点で世界を見ることができない、余裕のなさ」や「そもそも社会が変わることを最初から期待していない」という情景を感じさせられます。
大きな社会の仕組みよりも、目の前の人間関係の方がずっと切実に描かれていることに、何とも言えない息苦しさを感じました。
私にとっては挑戦になった本
私が普段読む本は、ほのぼのした日常系か、ミステリーが多いです。
そうなると、終わりが来ない苦しみを体験する小説に触れることは極端に少ないんですね。
ミステリーは、確かに恐怖とか、気持ち悪さを感じることはあるのですが、事件の解決と同時に、すっきり爽快な気持ちになることがほとんどです。たとえしっくりこなかったとしても、それは主人公やその家族など、一部の人が不幸なままであることに悲しくなるだけで、そこに出てくる世界全体を背負うことはありません。
この小説は、そういう意味で、終わりのない苦しみや、改善が難しい世界を目の当たりにして、それをどう受け止めるのかを試される本でした。
正直なところ、読み終えた今でも、この作品の良さを十分に理解できたとは思っていません。
ただ、理解できないからといって、その世界が存在しないわけではないんですよね。普段の自分なら、きっと手に取らなかった一冊。
直木賞受賞作を読んでみようと思わなければ、出会わなかった世界だったと思います。たまにはこういう難しさを体験することも、人生勉強になるのかもしれません。
精神的に、大人の階段を一段のぼったような気がします(笑)

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