ある少女にまつわる殺人の告白
最近読んだ本の中で、一番ゾクっとした一冊をご紹介します。読み終わったあと、しばらく現実に戻れませんでした。佐藤青南さんの『ある少女にまつわる殺人の告白』です。普段は紙の本を持ち歩いているのですが、ある日、往復2時間の電車に乗るのに本を忘れてしまって。仕方なくKindleを開いて読み放題の中を漁っていたところ、この作品に出会いました。タイトルと表紙の時点で「これはただのミステリーじゃなさそう」と感じて、気づけば夢中で読み進めていました。
あらすじ
物語は、ある人物がひとつの事件について関係者に取材をしていく形で進みます。舞台は長崎県南部の、かなり閉鎖的な田舎町にある児童相談所。タイトルとこの設定だけで、ある程度想像はできてしまうのですが、やはりその通り、物語の中心には“複雑な家庭環境に置かれた少女”がいます。ただ、この作品が怖いのは、単なる虐待の話では終わらないところでした。少女は、目を背けたくなるほど過酷な環境の中でも、どこか不思議な魅力を持っていて、関わる人たちは皆それぞれの視点で彼女を語ります。どの証言も嘘ではなさそうなのに、なぜか少しずつ噛み合わない。その違和感が、ページをめくる手を止めさせてくれませんでした。
長崎弁で語られる、地方行政の“現実”
児童相談所という言葉を聞くと、「不遇な状況にある子どもを保護してくれる場所」「強い権限を持った大人が守ってくれる場所」といった、どこか安心できるイメージを持っていました。子どもの権利は守られるべきものだし、それを担う人たちはきっと強くて、正しい判断をしてくれるのだろうと、どこかで信じていたのだと思います。
でも、この本の中で描かれていたのは、そんな単純な構図ではありませんでした。人手は足りず、状況は複雑で、目の前の子ども一人ひとりに向き合うことの重さが、想像以上に現実的に迫ってきます。「守る側」であるはずの大人たちもまた、限界の中で揺れている存在なんだと気づかされました。でも、この本の中で描かれていたのは、そんな単純な構図ではありませんでした。人手は足りず、状況は複雑で、目の前の子ども一人ひとりに向き合うことの重さが、想像以上に現実的に迫ってきます。「守る側」であるはずの大人たちもまた、限界の中で揺れている存在なんだと気づかされました。
特に印象に残ったのは、所長の語る長崎弁でした。ゆったりとした柔らかい言葉のはずなのに、その口調で語られる内容はどれも切迫していて、どこか噛み合わない違和感があります。その“言葉と現実のズレ”が、この物語の不気味さをより際立たせているように感じました。
読んでいるあいだ、何度も「これはフィクションであってほしい」と思いました。でも同時に、完全な作り話だとも言い切れないような現実味があって、読み終わったあとも、じわじわと怖さが残ります。
漠然とした不安を煽る”負の連鎖”(ネタバレ含む)+
少女は、義父から激しい虐待を受けながら育ちました。母もまた、彼女を守ってはくれませんでした。そんな環境で育てば、人との距離感や感情の育ち方に、少なからず影響が出るのは当然なのかもしれません。
物語の最後で、この作品の“語り手”が少女の夫だったことがわかります。彼は、彼女の過去を知る人たちに会い、昔のことを聞いて回ります。その様子を見ていると、夫自身、彼女に対して拭いきれない違和感や不安を抱えているのだろうと感じました。
そして、さらにゾクっとしたのが、今の彼女の置かれている状況です。夫には前妻との間にできた子どもがいて、彼女はいわゆるステップファミリーの中で暮らしています。
それって、少女時代の彼女自身と、どこか似た構図なんですよね。
もし今後、夫と彼女の間に実子が生まれたら——。
そこから先は明確には描かれません。でも、だからこそ怖い。この作品は、派手なホラーではなく、「現実でも起こり得そう」と思わせる怖さがずっと残ります。読み終わったあと、じわじわと嫌な予感だけが心に残る。そんなタイプのミステリーでした。

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